浅草橋の飲み屋にて

 呪霊ってさぁ、ゲロ拭いた雑巾みたいな味がすんだって。ゲロだよ。よく駅前のアスファルトの隅で白っぽくなってて麺とか見えて、乾いてこびりついて、翌朝には鳩がポッポポッポつついてるやつ。雑巾はあれ。俺たちが小学生のときに教室の床掃除で使ってさ、青いバケツで真っ黒な水を絞って椅子の後ろに洗濯バサミで挟んで干してたやつ。洗ってもしばらく、手からもバケツからも生臭いニオイが消えなかった。
 ゲロを拭いた雑巾なんてさ、到底口にできたもんじゃないよね。オッエーだよ。それをさ、誰にも、俺にすら、言わずにずっと食べていたなんて信じらんねえよな。言えよ、言えば良かったじゃん。こんな不味いもんもう食いたくありませんって。
 そうしたら俺がその分頑張ったのに。馬鹿じゃねえの、格好つけて一人で抱え込んでさ。オマエの親友、隣にいんの、現代最強の五条悟だぞ。二人ならなんだってできると思ってたけど、俺一人だって何でもできるんだよ。全っ然余裕、あと一人分の苦労を背負い込むくらい、ひゅっとやってひょいだよ。ひゅっ、ひょい。
 っておい、硝子まだ飲むのかよ。ビールとかいっぱい飲んだじゃん。俺下戸だからもういいよ。あ、オニーサン、俺の分は緑茶ハイじゃなくてなんか甘いやつに変えといて。めっちゃ甘いやつ。何でもいいよ。あ、酒はいらない、ノンアル、ノンアルだって、おい、硝子この野郎。も〜!!
 はぁ? 続き? んなもんねえよ。あのときも、今も、馬鹿だなって思うだけ。気づけなかった俺も馬鹿だけど、相談もせず抱え込んだあいつはもっと馬鹿。馬鹿馬鹿の大馬鹿。あいつ、そう、あいつ。名前でなんか呼んでやんねぇ。勝手に置いていきやがって。何が「最強だから五条悟なのか?」だよ。訳わかんねえ。ヘタクソなポエム詠みてぇなら黒歴史ノートにでも刻んでおけよ。
 でもあいつは俺が置いていったと思ってんだろうな、馬鹿だから。馬鹿馬鹿の大馬鹿。はぁ〜あ、しばらく目隠しの代わりに馬の被り物でもしてやろうかな。硝子、被りたかったら鹿やってもいいよ。夜蛾に頼めば角くらい縫ってくれるでしょ。るっせ、俺だってオマエと仲良く着ぐるみごっこするつもりなんてねぇよ。はいはい、失礼いたしやした。冗談だってば。
 ……なぁ、知らなかったんだよ。俺と馬鹿やって隣でゲラゲラ笑ってたあいつが、そんなに苦しんでたなんて。親友なら何だって知ってると思ってた。しんどいですって言えば良かったじゃん。助けてって、言わなきゃわかんねえよ。言えばどうとでもしてやれたのに。俺、ずっと隣にいただろ。あいつがそんなこと望まなくったって、俺が全部背負ったよ。その程度の余計な荷物を押し付けられたって、あのままずっと笑っていられたんなら、別に俺は、それで良かったんだよ。
 ……はいどうも。何これ。ベイリーズミルク? 甘い? あっそう。じゃあいいや、飲む飲む。おっえ、酒じゃんこれ。マジかよ。しかも結構キツい。俺下戸なんだって。硝子ぉ。

「もう十年も経つってのにさ、五条ってば、酔うとその話ばっかだな」