津美紀とパフェを食べにいく話 - 1/2

「ツミキチ、このあとパフェ食べいこうよ」
 そう声を掛けたのは帰りのホームルームを終えたあとの、掃除の時間のときだった。掃除当番なんていつ割り当てられたって嫌だけど、今週は階段掃除だからまだマシなほうだ、と思えたのは週始めの月曜日までで、やっぱりめんどくさいしこんなところ毎日掃除をするほど汚れちゃいないしさっさと帰りたいな、というのが水曜日である本日の正直な所感だ。
 だいたいどうして掃除なんかのために体操着に着替えなきゃいけないんだろな、と愚痴をこぼした私に、真面目なツミキチは以前「制服が汚れちゃうから」と言った。放課後に部活があった頃はまあどのみち着替えるからいいかと納得できていたけれど、卒業目前でもう部活動もめぼしい体育授業もなくなった中学三年生のこの時期に、そんなことのためだけに体操服を持って登下校するのは、いささか面倒くさいものがあった。
 ツミキチ、もとい伏黒津美紀という女の子は、中学入学以来の三年間をずっと同じクラスで過ごしてきた私の友達だ。苗字が近いせいでだいたいいつも何かしらの班分けが一緒になるし、示し合わせたわけでもないのに選択授業もレベル分け授業も全部一緒。おまけに二人とも引退までずっとバスケ部に所属して主将副将を務めたという腐れ縁っぷりだ。
「パフェ?」
 訝しげで、それでいてどこか癖になりそうな透明感のある声が踊り場から降ってくる。日中誰も使わないような北館外れの薄暗い階段を、班員の中でツミキチだけが律儀に一段一段、上から順にほうきで掃いている。それを見上げる私は、掃除という学校生活の中でもだいぶ無駄だろうなという時間を緩慢に消費しながら、同じ段の同じ角ばかりを何度もちまちまと掃いていた。
「そ、駅前のファミレスの」
「寄り道は駄目だよ。先生に怒られちゃう」
「いーじゃん、もう卒業なんだしさ。ちょっとくらい見つかったって怒られんよ」
「でも、私は家に帰ってお夕飯を作らなきゃだし……」
 ツミキチには弟がいて、両親がいない。料理も掃除も洗濯も全部彼女が請け負っていると聞いていた。
「ツミキチ今日の分の一生のお願い、朝学校来るときに見かけたポスターがマジでおいしそうだったんよ。今日はもうパフェの腹。一日中パフェを食べることしか考えてなかった」
 私が一度言い出したらそう滅多なことでは引かないことは、教室でもバスケコートでも長い時間を共にしてきた彼女ならわかっている。それに私だってツミキチが本当は甘いものに目がないことも、友達とわいわい喋るのが好きなことだって知っている。何年の付き合いだと思ってるんだ。やりたいこととやらなければならないことを天秤にかけて瞳の中に揺れ動く色を見出して、駄目押しで畳みかける。
「それにほら、受験とかあってまだやってなかったじゃん。私たちの主将副将お疲れ会」
「まあね、確かに…」
「ね、行くでしょ? 夕飯はさ、帰りに一緒に商店街でお惣菜値切ってあげるから」
 ふふ、とツミキチが笑う。それから仕方なさそうに頷いた彼女の前で、私はブザービーターもかくやというガッツポーズを決める。ツミキチは頑固なときはそれはもうびっくりするほど頑固だけど、なんだかんだで根はお人好しなんだ。
 そうと決まれば掃除なんてしている場合じゃない、と回れ右をした私の腕を、ひやりと冷えた指先が掴んだ。
「でもお掃除当番はちゃんとしないと。ね、主将?」
「……ハイ」
 優しそうな笑顔の奥から漏れ出る圧には、いつだって敵わない。もう夏に引退してしまったけれど、バスケ部の方針や戦略を立てるために二人で何度も額を突き合わせたときも、私は副将だった彼女のこの笑顔の圧力に負けて、最終的に主将としての意地も虚しく折れたことが少なからずあった。結果としてはどれも一番いい方向にうまく転んだのだから、オーライではあったのだけれど。

 それから掃除を終えて担任に報告をして、手早く着替えて二人で校門を出た。以前はよく下校時に校門前の隅あたりに不良の山が積み上がっていたけれど、最近はそんなこともめっきり減った。他でもないツミキチの一学年下の弟が、そのキュートな顔立ちと無愛想な表情によらず、それはそれは大変な暴れん坊で、中学じゅうの不良を殴ってはわざわざ校舎前まで引きずって熱心に人間ピラミッドを建設していた時期があったのだ。浦見東の『浦番』を張っているだとか、関東のどこぞの巨大な暴走族を単騎で伸しただの、とうとう埼玉一帯を徒手空拳で制圧し、九州の拳銃密輸組織とまで抗争を始めただのといろいろな噂が一時期おもしろおかしく流されていたけれど、不良だって無尽蔵に湧き出てくるわけではない。きっともうこのあたりの悪どもはみんな粛清されて伏黒配下についたのだろう、というのが女バス三年一同の見解だった。二年の藤沼の弟なんかも入学早々にボコられて更生して、今じゃ伏黒恵を神様か何かのように崇拝していると聞くし、今日日噂だけを頼りに他県から喧嘩を売りに来るような阿呆も見かけない。この学校もここ数年でずいぶんと平和になったもんだ、というのは当初の荒れ具合を知っている私たちだからこそ言えるセリフなのだと思う。
「そういえば最近聞かないね、津美紀んちの弟おもしろエピソード」
「それがね、恵、最近あんまり私と喋ってくれないの」
「え、もしかして恵君、いちごミルクぶっかけられたときのことまだ根に持ってんの」
「やだ、それいつの話よ。さすがにそんなんじゃないよ」
 不良相手に喧嘩ばかりする弟を諫めるためにいちごミルクのパックを投げつけたら、それが飲みかけだったせいで中身が出て制服をダメにしちゃったとか、姉弟喧嘩中に辞書を入れていたのをうっかり忘れて鞄で殴りつけたら気絶させちゃったとか、ツミキチは何かとやらかし話題には事欠かない。あとはなんだっけな。とびっきりなのはクラスのちょっとヤンキー寄りだった男子どもが「伏黒ありだよな」「わかる」「俺も」から端を発して、教室内という公共空間で人目も憚らずにだいぶ聞くに耐えない下ネタで盛り上がった翌日に、その猥談めいた話に参加していたやつらが全員、顔の判別がつかなくなる一歩手前までボコられた挙句、体育館の横断幕に吊るされた事件、通称「健康優良不良児ズ横断幕に吊るされ事件」が起きたときのことだ。新年度早々私たちの一つ下にやべえ一年が入ってきた、というのを学校中の誰もが認識することとなった一件であると同時に、バスケ部内ではすでに剥がれつつあった伏黒津美紀の優等生という仮面がようやくクラスでもめくれて、高嶺の花から、面倒見が良くて親しみやすい学級委員長に変わったきっかけでもあった。
 二年男子どもを吊し上げたのは、入学二日目にして暴力沙汰を起こして校長直々の厳重注意を受けたあの一年坊の伏黒恵らしい、という情報はその日の午前のうちには学校中を駆け巡った。それから一日経って事件発生から翌々日の朝、左頬と口元を腫らしてこの世の果てというくらいにむすくれた伏黒恵本人が、なんと予鈴直前の私たち二年の教室に現れたのだ。
「あの」
 声変わり途中の低く掠れた声が入口でぼそりと一言発された途端に、同級生の被害者連中がびくりと身を引いた光景は今でもよく覚えている。
「伏黒恵です。昨日は殴ってすんませんした」
 寝癖とも癖っ毛ともつかない四方八方にツンツンと跳ねた髪の毛が、怠そうな謝罪とともにぺこりと雑に下げられる。背筋は伸ばして、角度は斜め四十五度、頭を下げたら三秒キープ。うちの中学の立礼の教えをどうしてか秒数だけきっちりと守ったお辞儀の主は、三秒が経過した瞬間にけろりと元に戻って回れ右をした。
「ちょっと恵、どこいくの」
「んだよ言われた通り謝ったんだからもういいだろ」
「『すんませんした』は人に謝るときの言葉遣いじゃないよ」
「うるせえクソ姉貴」
 緊迫した空気のままの教室の外から、鈴の音のような凛とした声が聞こえてくる。渦中の伏黒津美紀のご登場だ。普段のおっとりした感じとは違って姉らしい、少し威厳のあるその調子に、クラスじゅうの男女がざわりと色めき立ったが、その反応を目にしていっそう深く皺を寄せた学年違いの暴君に気づくと、関係のない者は素知らぬ振りを決め込み、被害者兼関係者各位は「いやいやもういいですよ伏黒君そもそも僕たちが悪かったんです」と年下相手に慌てて頭を掻いてみせた。
「ツミキチあのさ、恵君、ツミキチから聞いていたのとだいぶ印象違うんだけど」
「動物ドキュメンタリの感動エピソードで泣いて眠れなくなっちゃった恵君はどこ……?」
「ってかあの頬っぺた、ツミッキがやったん? めっちゃ腫れてたけど」
「いや、あのね、うん……頬っぺは昨日私が怒って投げたエアコンのリモコンがちょっと、こう、入っちゃって」
「出たよシューティングガードのド根性スロー」
「次の支部予選でも頼りにしてんぜ」
 おっかない一年坊が嵐のように去っていったあと、何となくふんわり優しいだけじゃないんだろうなということに気づいていた同じクラスの女バスメンツでツミキチを囲ってやいのやいのと盛り上がっていると、予鈴と共に先生が出席簿をパチパチと鳴らしながら入ってきた。雑談はそれでお開きになって、しばらく凍りついたままだった男子どもの雰囲気もようやく元に戻っていった。
 ツミキチの男子人気は一年のときから凄まじくて、それは狂犬のような弟がいる程度のことでは決して衰えることはなかったけれど、少なくとも、あの一件から表立って下卑た好意を口にする者はいなくなった。無論彼らに悪意があったわけではなく、ツミキチ本人も困ったように笑って受け流していたとはいえ、さすがに聞くに耐えない言葉も多かったな、というのはそれが無くなってからようやく気づいたことだった。家庭事情により高校進学のために内申点を気にせざるを得なかった彼女にとって、同級生男子たちからのセクハラまがいの言動を先生に相談して揉め事にするのは、確かに気が引けたに違いなかった。
 前よりも伸び伸びと笑うようになったツミキチとは反対に、その弟はいっそうその凶暴さを増していった。横断幕事件で姉とひと悶着あって以来、不良手前の一般生徒に手を出すことだけはしなかったけれど、代わりに誰が見ても悪である存在、つまり学校内で騒ぎを起こすヤンキーやら喫煙者やらを、伏黒恵は手当たり次第に片っ端から掃除していった。
 おかげで授業中の廊下をバイクが走ることも、真っ昼間から窓ガラスが叩き割られることもなくなって、翌年には市内だか県内だかで一番非行が少なく治安が良い公立中学校に認定されたと表彰まで受けることとなった。登下校時にうちの生徒や、うちの生徒じゃないのとか、どこかの暴走族から果たし状をつきつけに来たというチンピラだとかの死に体が正門前に積み上がるのは相変わらずだったけれど、学校表彰のおかげでちょっといい額のボーナスが入ったらしい教師陣がそれ以降取り立てて伏黒恵を悪者に仕立て上げることもなく、また伏黒恵も自身が罪に問われないスレスレのところを器用に綱渡りしながら暴れ続け、そして何よりも幸いなことに、それらの騒動の身代わりとして伏黒津美紀の内申点や、バスケ部の活動が不利益を被ることもなく、無事にこのたび卒業を迎えられることになった。
「私、ツミキチのポンコツ姉エピソードの中だとあれが一番好き。弟が失踪したと思って警察に届けにいったら、三条さんだっけ、勝手に京都の親戚のところに泊まりにいってただけだったやつ」
 目当てのファミレスに着いてちょっと重たいドアを押し開けながら、後ろに続くツミキチに新たな話題を振る。来店を知らせるチャイムが鳴って、店員さんが私たち二人をボックス席に通してくれた。
「五条さんだよ」
「そうだったそうだった。六条さん」
「もう! 絶対わざとやってるでしょ」
「まあ、今のはね。でも本当に覚えられないんだって、なんか印象薄くてさ。名前に忘却魔法とか掛かってない? エクスペクト・パトローナム、みたいな」
「守護霊を呼び出してどうするのよ」
「じゃあ、おひさまとバターが溶けてなんちゃらかんちゃら〜」
「それは第一作の初めに出てくるやつでしょ。しかも全然合ってないし」
 膨れっ面のまま、ツミキチがテーブルの呼び出しボタンを押した。夕方前の店内はまだ全然混んでいなくて、丸くて鈍い呼び出し音が広い空間に溶け込んでしまうより先に、店員さんが小さな端末を片手にやってきた。季節のいちごパフェとドリンクバーをふたつずつ注文して、きっちり角を揃えておいたメニューを手渡した。律儀に全てを復唱した店員さんは、ドリンクバーの位置を案内して、すぐにテーブルを去っていった。
「みんなすぐおもしろがるけど、あのとき、私は本当に焦ったんだから」
「いいじゃん、一番ツミキチの弟愛が溢れてて、私は好きだよ」
 ずらりと並んだティーバッグやコーヒーマシンに向かいながら、そんな他愛もない会話を交わした。それからドリンクバーの近くに店員さんが一人もいないことをさっと確認して、互いに飲ませるための奇天烈配合ドリンクの作成に勤しんだ。
「待って待って、さすがにコーヒーフレッシュ入りは嫌」
「もう、仕方ないなあ。あ、じゃあ私もココアとコーヒーはNGで」
「残念ね、聞いてあげるのはひとつまでよ」
 手厳しいツミキチの言葉を噛み締めながら、サーバーからグラスへと何種類もの飲み物を注いでいく。
 奇天烈配合ドリンク、というのは私が勝手にそう呼んでいるだけで、実態は何種類ものソフドリを混ぜた闇鍋ジュースのことを指している。作った飲み物は全部飲む、というのがうちの女バスの掟で、じゃないとお宅の生徒さんは結構なお行儀をしてはって、なんてすぐにご近所さんたちから学校に告げ口されてしまうからだ。でも、だからといって互いに手を抜くつもりはない。
 たくさんの清涼飲料水を混ぜて出来上がったふたつのグラスの中身は、どっちもどっちの色合いをしていた。上品に例えるなら透明感のある泥水、といったところか。それをテーブルに戻ってから交換して、杯を掲げる。今日の一応の名目としては、私たちの主将副将引退お疲れ様会だ。
「それじゃあ」
「「私たち、お疲れー!!」」
 覚悟を決めて口の中に流し込んだ液体は、見かけほど酷い味はしなかった。向かいで顔をしかめるツミキチも、表情にはいくぶんかの余裕が見てとれた。
「なんだろう、これ。メロンソーダとファンタオレンジと、ファンタグレープ? あと色合いからしてコーラも入っているかな」
「惜しい。ジンジャエールが抜けてる」
「八割正解なら満点も同然よ。ねえ、そっちは分かる?」
 ツミキチが悪戯っぽく笑う。ここまで来たら負けられない。不協和音の大合奏みたいな甘さと苦さと味の薄さを舌の上に乗せて、私はこのファミレスが取り揃えるドリンクバーのラインナップを思い浮かべた。
「うーん、煌の烏龍茶の存在は感じたな。あとはコーヒーでしょ、それからコーラと、メロンソーダと見た」
「惜しいよ。ジンジャエールが抜けてる」
「えっ、私も?」
 こんなところで息が合ってしまったのがなんだか無性に可笑しくって、そんな大したことでもないのに、二人でテーブルに突っ伏してけらけらと笑い転げた。それからグラスを交換して互いの作り出したものの味見をして、再び交換し直して、責任を持ってすべてを飲み干した。一緒に席を立って口直しの紅茶を淹れて戻ってきたところで、ようやく本日待望のパフェが届いた。
 頂上にはいちごアイスにいちごのホイップクリーム、それからこれでもかというほど詰め込まれたカット済みのいちごが容器の壁面を彩っている。ガラスの底のほうには砂糖をまぶしたコーンフレークがしっかりと敷き詰められていて、その上にはミルクプリンやクリーム。てっぺんには、派手さの駄目押しとばかりに飾られた、クッキーとシフォンケーキとチョコレート。
「メニューで見た三倍はおいしそう」
「じゃあ私は五倍」
「百倍」
「一千億兆倍」
「急に上げすぎ。無量大数倍」
 軽口を叩くあいだも、手元ではすでに加工カメラアプリを起動している。今日の記念にパフェのアップをひとつと、それからとっておきのキメ顔をしたツミキチをひとつ。何度もやり直しを重ねた末にようやく満足のいく一枚が撮れた頃には、一番上のアイスが溶け出してしまって、二人で慌ててスプーンを持った。
「垂れちゃう垂れちゃう」
「いっただきます!」
 ひと口スプーンを運ぶごとに顔を綻ばせるツミキチに、私の頬も落ちそうだった。
「んー、最高!」
「おいしいねえ」
 なんて甘くて幸せな時間なんだろう。親友と放課後に寄り道パフェ。受験も終わって、卒業も確定していて、部活も引退まで頑張った。あとは残された登校日を漫然と消化して、そうしたらすぐに卒業式だ。
「辛かったけど主将がんばってよかったなって、いま初めて思ったよ」
「また、大袈裟なんだから」
「本当だってば。私、つくづく人の上に立つのは向いてないなって思ってたから、県大会前とかさ、ほんと、もう辞めちゃおうかなってずっと考えてたもん」
 長いスプーンでくるくるとクリームをかき混ぜながら、ずっと打ち明けられずに、一番の心の支えだった友達にすら隠し続けた告白をした。ツミキチは少し困ったように笑った。それから口元へと運ぼうとしていたスプーンをそっと下げた。
「そんなふうには見えなかったよ」
「見せなかったんだよ。私が暗い顔をしていたら、みんなだって困るだろうから。誰かに言ったのもこれが初めて。ねえ、ツミキチは、副将やっててしんどくなかった?」
 いつも私の隣にいてくれた彼女の本音は、聞いたことがなかった。今までだって聞けば教えてくれたかもしれなかったけれど、そうすることで築いてきた関係が壊れてしまうのが怖かった。
「うん。私の実力がもっとあれば、とは何度も思ったけど、辞めたいとは思わなかった。主将がしっかり最前線に立ってみんなを引っ張っていってくれたから、私は副将として、目の前の自分がやるべきことに専念できたんだよ」
 返ってきた言葉はどこか予想通りで、きっとその本音はもう一層下のところに仕舞われたままなのだと思った。それでも一番欲しいときに、一番欲しい言葉をかけてくれる彼女の優しさには、今までだって何度も救われてきた。彼女の存在がなければ、とっくに心が折れていたと思う。
「ねえ、大好きだよ。ツミキチが副将でいてくれて、本当に良かった」
「えへへ。改めて言われるとなんだか照れくさいね」
 少し頬を染めて笑った彼女は、そっと視線を外して窓の外を見た。道路の向こうには駅があって、人々が絶えず行き交っている。その雑踏を眺めながら、ツミキチはそっと呟いた。
「一年生のとき、私のこと、バスケ部に誘ってくれてありがとね」
 私たちが何者かになるべく足掻き出す前の、まだ淡紅色の花びらとともに初々しい他人行儀が教室内を舞っていた頃の話だ。家の事情があるから部活動には入らないと言ったツミキチを、私は少し強引に部活見学に引っ張っていった。初めて喋ったときに小学校ではバスケクラブに所属していたと言っていたから、きっと嫌なはずないと思ったんだ。
「懐かしいね、この前ちょうど昔の日記を読み返していたんだけどさ、普段はちゃんとその日にあった出来事とか、見たり聞いたり考えたりしたことを何行も残してあるのに、あの日だけは『津美紀ちゃんとバスケ部見学に行ってきた。楽しかったー!!』って浮かれた字で書いてあって笑っちゃった。本当に嬉しかったんだろうな」
「初めの頃はみんな私のこと名前で呼んでくれてたのにね。いつからこうなっちゃったんだか」
 凛とした佇まいから漂ういかにも優等生、という雰囲気に遠慮して、初めは誰もが彼女のことを『伏黒さん』や『津美紀ちゃん』と呼んでいた。たしか僅かにツミッキーだったときもあったと思う。それから実はこの善良な学級委員長はとんでもないお転婆で、姉御肌で、弟思いのちょっと変わり者だということが発覚して、いつのまにかツミキチと呼ばれるようになってしまった。
「『津美紀っち』から『ツミキチ』になるまでが早すぎたな」
「あれって『津美紀ちゃん』じゃなくて『津美紀っち』の略なの? 私、そこまで言うならあと二文字も発音してよってずっと思ってたのに」
「いいじゃんツミキチ。『津美紀ちゃん』よりも親しみやすい感じがする」
「恵がすぐ馬鹿にするんだもん。『なんでツミキチって呼ばれてんの? 殴る力が気違いみたいに強いから?』って」
「それは凶暴なお姉ちゃんが悪いな」
「最近は殴ってないもん。身長もずっと前に恵に越されちゃって、さすがにもうやり合っても勝てない」
 とか言いつつ、姉弟喧嘩の犠牲となって伏黒家の宙を舞ったという品々の話は、最近でもよく聞くような気がするのはここだけの話だ。
「そういえば恵君、このあいだものすごい怪我して学校来てなかった? あれもツミキチがまたやらかしたんだと思ってた」
 あれは一ヶ月くらい前のことだったと思う。いつも涼しい顔をして不良の山をレジャーシート替わりにしていた恵君が、珍しく打ち身に湿布だらけの姿で登校したことがあった。わざわざ自分から虎の尾を踏みにいこうとする物好きがいるはずもなく、誰もその事情を訊ねた者はいなかった。
「違う、あれは五条さんが……」
「五条さん?」
 ツミキチがはっとして、慌てて言葉を取り繕う。
「えっと、そうじゃなくて、恵が五条さんの家に行ったときにね、急に本棚が倒れてきて当たっちゃったんだって。びっくりだよね。私もまたどこかで派手に喧嘩してきたのかと思った」
「あれまあ、そりゃ災難だ」
 困ったような笑顔の向こうに薄らと見えた別の色に、私はそれ以上踏み込むのはやめた。恵君の話になると、ツミキチは暗い顔をすることが増えた。きっとそれは私が部活を引退して受験も終わって、自分以外のことを考える余裕ができたから気づけたことであって、本当は今までもずっと、ツミキチは私たちには見せないようにしながら何かを抱え続けてきたのだと思う。
 恵君、という存在がどうしてツミキチに暗い影を落としているのかはわからない。暴れん坊なのは相変わらずだったけれど、それだって別に程度は知れているというか、際どいけれども警察の世話になるほどのものではない。高校だって、まだ二年生であるにもかかわらず、すでに奨学金か何かを取って進学先を決めたと聞いている。仏教系だったか神道系だったか忘れてしまったけれど、とにかく私学の全寮制の宗教学校で、寮費までいっさいかからないらしい。
 それも実は噂話の範疇を超えるものではなくて、詳しいことは誰も聞いたことがなかった。しばらくは頭を丸めた恵君の写真を送ってね、なんてみんなで冗談を言い合っていたけれど、やっぱりツミキチが浮かない顔をするもんだから、なるべく話題には出さないように、というのが最近の暗黙の了解になっていた。
「主将、どうかした?」
「ううん、ちょっと考え事。人生って難しいよねって」
「なあに、今さら。おかしいの」
 それから私たちはたくさんの話をした。クラスメイトの近況とか進学先とか、思い出話とか。ひと通りのゴシップやら噂話やらの交換もし終わったところで、ようやく、話題は部活へと戻っていった。
「そういえば、藤沼たちが『三送会の日程がそろそろ確定するので、近々主将宛てに連絡します』って言ってたよ」
 藤沼というのは部のひとつ下の後輩女子で、私たちが現役の時の二年代表だった。気弱な一面が引っかかって現三年のあいだで不安視する声もあったけれど、夏の終わりに行われた代替わりを経て、この度正式に主将になった。
「そっか、藤沼か。元気にやってるかな。OGって三送会過ぎたら部活に顔出していいんだよね。早く練習見にいきたいな」
「うん、そのはず。私も気になるな」
 夏に部活を引退した三年生は、三送会を経るまでは練習には顔を出せない。特別に規定があるわけではなかったけれど、新しい執行代や体制に慣れてもらうために、ずいぶんと前から慣習的にそうしているらしい。もちろんそのあいだに三年生には高校受験という一大イベントが控えているから、顔を出したくても出せないというのが正直なところだ。ようやくそのひと山を登り終えてみて、やっぱり気になるのは、少し前に飛び立ったばかりの古巣の様子だった。
「今の二年も一年も気が強いのばっかりだからさ、藤沼、ちゃんと部を引っ張っていけるといいけど」
「次期主将、私は藤沼になってよかったなって思ってるよ。大丈夫、あの子ならきっとしっかり皆のことをまとめてくれる」
「関東大会、あいつらならいけるかな」
「どうだろう、行けるといいね。私たちは最後いっぱい悔し泣きしたもんね」
 全中の代表入りは無謀だとしても、関東まで勝ち残ることが、執行代として掲げた私たちの一番の目標だった。県内では強豪の部類に入る私たちにとって、それは決して高望みなんかではないと思っていた。チームとしての全体的な仕上がりも悪くはなく、発表されたトーナメント表も、幸運なことにライバルの強豪校とは別ブロックだった。順風満帆に見えたその道のりは、けれども県大会の準々決勝での敗退という予期せぬ結果により、突如幕を閉じてしまった。
 三年間ずっと一緒に頑張ってきた同期たちがまさかの中途敗退に涙を堪えて歯を食い縛る中で、先輩の最後の試合をこんなところで迎えさせてしまったと、大声で泣き出した後輩たち。
 外してしまったフリースローに、取れなかったリバウンド。悔しさの記憶は鮮明だ。最後の最後で津美紀が開いた点差を取り返そうとしてくれたのに、結局、私たちは勝てなかった。トーナメントだから、一度負けたらそこで終わり。対戦相手が予想外の白星に喜ぶのを端目に、私たちは汗だくのままジャージを引っ掛けて、茫然とした面持ちで審判の準備に回った。ごめん、と呟いた私の肩をツミキチが抱いた。その場では泣くまいと思っていたのに、そんなことをされたらもう駄目だった。
「……勝ちたかったな、県大会」
「うん」
「あーあ、嫌だね。私たちきっと、おばあちゃんになってもこうやってファミレスでお茶をしながら、あのとき勝ちたかったねって言い続けるんだ」
「えへへ、主将はおばあちゃんになっても私と会ってくれるんだ」
「そりゃあもちろんよ。なんなら私、ツミキチと同じ老人ホームに入るから。もし私が呆けてツミキチの名前は忘れちゃっても、きっと、最後まで隣で笑っているよ」
 ツミキチが照れたように微笑んだから、なんだかまた泣きそうだった。つんと痛くなった喉奥を誤魔化すように、私は残り少ないパフェの底をスプーンで突き回した。
「卒業まであと一ヶ月もないの、なんだか信じられないな。高校も別なんて、まだ全然実感湧かないのに」
 ツミキチは一般入試で県内の公立高校への進学が決まっていた。それも県内トップクラスの公立だ。当初希望していた私学への学校推薦では学費免除が取れないことがわかって、部活引退後から急遽入試対策をして、見事に合格したという。一度決めたらしっかり最後までやり遂げる彼女の、見かけによらない猪突猛進さはいつだって健在だ。
「合格おめでとね」
「ありがと。でも本当はね、中学を出たら働こうと思ってたの。それが恵にバレて五条さんに告げ口されて、私が怒られちゃった」
「ツミチキ頭いいんだからもったいないよ。中卒だと働き口を探すのもかなり厳しいらしいし」
「まあね。でも、それでもいいから、私は本当は早く働きたかった」
 最後のほうは、まるで独り言のようだった。私は何も言えなくて、静かに垣間見えた本音の続きを待った。けれどもツミキチはそれ以上は続けることはなく、覆い隠すように次の話題へと移してしまった。
「ねえ主将は結局、やっぱり工業科に行くの? 五年制だよね。工業科と高専とは別なんだっけ」
「実はさ、それなんだけど」
「え、まさか……」
「いや、違うよ。高校浪人では断じてない」
「もう、驚かさないでよ」
 私の家は鋳物の町工場で、家を継ぐはずだった姉貴が美大に行くと家を出ていってしまったから、次女である私が家業を継ぐ継がないで、両親と長らく揉めていた。四大なんて行かずに工業科でさっさと基礎知識だけ叩き込んで会社に入りなさい、と両親は常々言っていた。私が姉貴のように、ふらふらと違う道を進むことを危惧したんだと思う。どうせ私に勉強なんて向いてないんだから、そのほうがいいだろうって。
「実は、まだ誰にも言ってないんだけどね、私、二高に行ってバスケ続けることにしたんだ」
「二高? 二高ってあの浦見二高?」
「うん、あの浦見二高」
 今年は惜しくも県代表を逃してしまったけれど、毎年予選会ベスト四入り常連の強豪校だ。このあたりの中学に通っていれば、誰しも一度はその高校名を進路希望調査に入れたことがあるはずだ。
「死ぬほど迷ったし、親ともだいぶ揉めたんだけど、最後はうちの姉貴が味方してくれて、私が本当にやりたいことを選ぶことにしたんだ」
「……お姉さん、なんて言ったの?」
「もともと姉貴が芸術系の四大に行っちゃったせいで私が家を継ぐ話が出てきたんだけどさ、『私が今ここでアンタの味方をするのは、そうしないといつか自分で自分を許せなくなるだろうから』って」
「かっこいいね、お姉さん」
「そうかな。まあ、普段はあんなちゃらんぽらんなのにね、なんか意外だった」
「私もそんな人になれたらな」
「ツミキチは今でも十分いいお姉ちゃんだよ」
「……そんなことないよ」
 そう呟いたツミキチは、やっぱり暗い顔をしていた。
 彼女のそんな表情を払拭したくて、私は別の話題を探した。そろそろ頃合いかなと思って、準備していた文句を心の中から引っ張り出す。パフェが食べたかったのも、それを津美紀と食べたかったのも本当。でも本当は、もうひとつ目的があった。
「ツミキチ、高校の卒業旅行、一緒に行こうよ」
「卒業旅行、高校の?」
「うん、友達とかと行くやつ。修学旅行じゃなくて」
 突然降って沸いた話題に、ツミキチは不思議そうに目を丸くしている。
「でもそれって、きっと高校の友達と行くんじゃない?」
「そうでもないらしいよ。うちの姉貴も中学の子たちと行ったって言ってたし。姉貴は京都に二泊三日で、トータル五万くらいだったって」
 ツミキチの家庭事情は何となく知っていたから、事前に調べておいた予算を告げる。これで無理と断られたらそれまでだ。それが金銭的な理由であろうと、なかろうと。
「京都……」
 ツミキチが呟いた。まるでふと漏れ出たため息みたいだった。
「いいなあ。私ね、京都って一度も行ったことがないの」
 それを聞いて、あれ、と思った。よく京都にいる親戚を訪れているらしい津美紀の弟と、京都には一度も足を運んだことのない津美紀。どこか引っかかるものがあったけれど、うまく言葉にはできなかった。人の家の事情には、無理に首を突っ込むものじゃない。
「じゃあ行き先は京都にしようよ。ね、三年後のツミキチの春休み、私のために取っておいてくれる?」
 気づけば私はテーブルの上に身を乗り出していた。勢いに負けたのか、私の大好きな、仕方なさそうな笑い声が返ってくる。今ならいけるだろうか。私は乗り出した勢いのままに、そのもうひとつ先の未来にまで手を伸ばしてみる。
「それからさ、大学は同じサークルに入って、また一緒にバスケをしよう」
「ふふ、おかしいの。さすがにそんなに先のことなんてわからないよ」
「おかしかないよ。いま、私が一番叶えたいことだもん」
 拗ねたように言った私に、ツミキチは少し驚いたように目を見張った。
「本気?」
「本気も本気。だってツミキチはきっと、高校では学業に専念しちゃうでしょ。だからその先で、バスケットボール抱えて待ち伏せしとこうってワケ」
「もう、せっかくのいい雰囲気が台無しよ」
 からからと笑って、それからツミキチが「いいよ」と言った。あまりの嬉しさに飛びあがろうとした私の頭に、先に拳骨が降った。は、と驚いて見上げる前に、地鳴りのような声が響いた。
「お前らァ、制服で寄り道とはいい度胸じゃねえか」
「「げっっっ」」
 私たちのテーブルに覆い被さるように、いつのまにか熊がジャージで立っていた。熊、というのはあだ名で、暑苦しいくらいの筋肉を纏った、毛むくじゃらのうちの中学の生活指導のことだ。そして残念なことに私たちのクラスの担任でもある。やば、と咄嗟に身を隠そうとしたけれど、ファミレスのボックス席に逃げ場なんてどこにもない。クマがこんなところにまで出没するようになったなんて聞いていない。
「ほら立て、さっさと帰れ。また反省文書かせるぞ」
「エイギョーボーガイ」
「誰が営業妨害だ。今からでも卒業取り消したろか」
「それはやだー!」
「ごめんなさーい!」
 二人で泣き真似をしていると、おっかない顔を作っていた担任が、ぷっと吹き出して半笑いになった。何だ、見た目ほど怒ってないじゃん。そんな些細な変化にさえ、学校生活の残り少なさを実感する。
 追い立てられるようにレジでお会計をしながら、担任にすっかり報告しそびれていたことを告げた。
「先生そういえばさ、私二高受かったよ。浦見二高」
「お前な、そういうのはさっさと言えよ。さっき学年主任にうちのクラスの進学実績を上げちまったじゃねえか」
「明日言おうと思ってたの!」
「合格発表いつだったと思ってんだ」
「いいじゃん、受かったんだから。それでね、私たち進学先は違うけど、一緒に高校の卒業旅行に行くんだ。それから大学で同じサークルに入って、また一緒にバスケするの」
 釣り上がっていた先生の目が少し見開いて、それからふん、とそっぽを向いた。
「お前の頭で伏黒と同じ大学は無理だろ」
「何よ、私はスポーツ推薦取るもんね」
「はっ、いい度胸じゃねえか。せいぜい青春の理不尽さを噛み締めて生きていけ」
「む。応援してよ、担任でしょ」
「じゃあ何もかもがうまく行って、お前らが二人とも無事に進学して成人したら、俺のところまで報告にこい。そしたらその時は一杯奢ってやる」
「やったー!! 津美紀、頑張って一緒に一番高いお酒を奢ってもらおうね」
「ちょっと、もう。主将はすぐそうやって」
 私をたしなめたツミキチも、おかしそうに笑っている。
 それからファミレスを出て、担任とは次の十字路で別れた。私たちはまた二人になった。何だかこれからとても楽しい未来が待ち受けているような気がして、弾んだ気持ちのまま町を歩く。約束通り商店街に立ち寄って、夕ご飯にとお惣菜を買った。手渡された袋をぶらぶらと揺らして、夕暮れの雑踏を抜けていく。
 長居して染みついてしまったファミレスの匂いと、商店街の居酒屋や蕎麦屋に、どこかの家でお風呂を沸かしているのだろう、シャンプーの甘やかな匂い。たくさんの匂いが流れてくるいつもの街並みは、すっかりオレンジ色に染まっていた。
 あのね、と隣から声がした。艶やかな髪を耳にかけた津美紀が、そっと何かを選び取るように、ゆっくりと言葉を口にする。
「私が行く高校なんだけどね、一学期に一度、学年で学業が一番優秀な子に報奨金が出るんだって」
「へえ、進学校って感じじゃん。いくらもらえるの?」
 ふふ、とツミキチが笑った。私の大好きな、少し悪戯っぽくて優しい笑顔だ。
「もう、すぐそういうこと聞くの、相変わらずなんだから」
「お金より大事なものはないやい」
「違いないやい」
 私の口調を真似てツミキチが言う。
「五万円なんだって、その報奨金。それをね、一度でも取ることができたら、きっとお金のことなんて気にせずに卒業旅行にいけるだろうなって、さっき話しながら思ったの」
 空の遥か遠くに浮かぶ暖色の薄雲の中で笑うツミキチは、あまりにも綺麗だった。一瞬だけ、このままずっと時が止まってしまえばいいのに、とさえ思った。
「私、頑張るよ。何かで一番を取るなんて、きっと本当に大変だろうけれど。でも、私も一緒に卒業旅行にいきたい」
 その弾むような決意の言葉に、思わず胸がいっぱいになった。
「応援してる。一度やると決めたら、ツミキチなら絶対にやり遂げるよ。だから三年後、絶対一緒に行こうね」
 うん、と頷いた彼女も私も、きっと今に泣き出しそうな顔で笑っている。

 それから卒業式までの日々は飛ぶように過ぎていった。中学三年生最後の日、黒板に色鮮やかに書き込まれた祝福の文字の前で、クラスのみんなで写真を撮った。クラスじゅうに回して書いてもらった私の卒アルの片隅には、彼女らしい几帳面な字と共に、小さなパフェの絵が描いてあった。一番に話したかったことはあの日の帰り道に伝えていたから、卒業式を終えた教室の中で、改めて何かに触れることはしなかった。喧騒のあとかただけを残して一人、また一人と去っていった教室で、私たちは「またね」と言って手を振った。その言葉に込められた祈りと願いは、二人だけの思い出だ。