心のいちばん柔らかなところの話 (R18) - 4/5

4.

 集合、僕の誕生日会をするよ。
 そんな簡素な文面で呼び出されて急遽自宅から二十三区内の五条家まで出向いたのに、会場だと告げられたいつもの離れには、五条さんひとりしかいなかった。
「だって恵、大勢で騒ぐのは嫌いでしょ」
「でも誕生日会だって言った」
「そうだよ、今から僕と恵で誕生日会をするの」
「アンタの家族は?」
「みんな隣の母屋に住んでいるよ。恵も知ってるでしょ」
 そうじゃない、ということをてんで話す気のない五条さんに伝える行為がいかに無駄なものであるかを、俺はこれまでの経験から嫌というほどよくわかっていた。
「今日の主役がいないんじゃ、五条家のみなさんも寂しがっているんじゃないですか」
「僕の家族はみんな、僕のことをそんなふうには思ってないだろうけどね」
 含みのある言葉を誤魔化すように、五条さんが手元でクラッカーを鳴らした。銃声のような乾いた音が破裂して、耳奥がじんじんと疼いた。
「っ、アンタな……」
 はらはらと舞い散る紙吹雪と火薬の匂いを除けた。全身テープだらけだ。五条さんはしてやったりと楽しそうに笑って、またクラッカーの中身を宙に放った。パン、パン、と音が鳴る。早く取り上げないと、と思ったけれど、俺がようやく外装の袋ごと没収できたときには、中身はもう残り一つになっていた。
「そもそも今日、任務だったんじゃないんですか」
「さっさと終わらせてきたの。誕生日だから」
 最近出張続きの五条さんとはしばらく先まで会わないと思って、まだ誕生日プレゼントを用意できていなかった。それに今まではずっと津美紀が選んでいたから、今年はどうしようかと悩んでいるうちにここまで来てしまった。五条さんの欲しがりそうなものなんてわからない。何をもらっても白々しくあれこれ褒め立てて喜びそうだったけれど、何を贈ったところで、一日だけ楽しんだ翌日には包装も中身もまとめてゴミ箱に放られているような気もした。
 仕方なく、途中の乗り換え駅にある百貨店でチョコレートの小さな箱をひとつ買った。形には残らないけど、手ぶらよりはマシだと思った。差し出されたそれを受け取ると、五条さんはやっぱり白々しい歓声を上げて写真を撮った。
 誕生日会だといっても、二人っきりでやれることはあまりない。この家にゲーム機やボードゲームといった暇つぶしの玩具はなかった。ビンゴ大会なんて準備もしていなければ、そんなことをする規模でもない。離れの座卓に少し豪華な夕飯を取り寄せて食べて、五条さんが自分で用意した、お気に入りだという近所の洋菓子店のホールケーキに蝋燭を立てて火をつけた。期待を寄せる視線に負けて、俺がハッピーバースデーを歌った。今年いなくなってしまったソプラノの代わりに、五条さんもそこに加わった。
 ふう、と五条さんが蝋燭を消して、俺がケーキを切り分けた。八等分にしても十分な大きさを保つそれの残りは、明日までに五条さんが食べきるつもりらしい。ひと切れずつ皿に置いて、その横に淹れたばかりのコーヒーのカップを添えた。一通りの準備をする俺の隣で、五条さんは何度かサングラスをずらして、ぐりぐりと目元を揉んでいた。
「食べましょうよ。五条さん?」
「ごめん、やっぱり、ちょっと横になっててもいい?」
 五条さんの家なんだから、それくらい好きにすればいいと思った。
「ケーキ、まだしばらく食べないならラップして冷蔵庫に戻しておきましょうか」
 五条さんの返事はなかった。不思議に思って振り向いて、ぎょっとした。サングラスを外した五条さんは、座卓から離れようとした姿勢のまま、こめかみを押さえてうずくまっていた。
「平気ですか。誰か呼んできましょうか」
「いらない。絶対に誰も呼ばないで」
 外したサングラスは手の中で強く握られて、フレームが歪んでいた。それを抜き取って、机の上に置いた。今しがた奪い取られたものはどこだ、と彷徨った手が、誤ってコーヒーカップをなぎ倒した。
「っ、熱い、あれ、何だこれ、ごめん、あれ、」
 ほとんど意味をなさない言葉を並べる五条さんを引きずって、部屋の端に寝かせた。それから畳が染みになる前にと、こぼれた液体の始末をした。コーヒーは歪んでしまったサングラスにも少しかかっていた。文字通り親の顔以上に何度も見たことのあるそれを拭きながら、ふと、そのレンズの吸い込まれるような黒さに違和感を覚えた。
 二対の偏光レンズを天井に向けても、暗闇は照明の灯りすらほとんど透過しなかった。当然、俺が掛けてみても何も見えない。何だこれは。間違っても、そのあたりの店頭で売っているような代物ではないだろう。本当にこんなものを掛けたまま、今までこの人は何の不便そうな様子も見せずに生活していたのか。
 五条さんは部屋の隅で俺の置いた座布団を枕に、俺が連れていったときと同じ体勢で横たわっていた。恵、と小さく呼ばれた。近寄ると、五条さんはずっと手を目に当てたまま、母屋から氷をもらってきてほしいと言った。
「飲み物用のが足りなくなったからとか、理由は適当でいい。余計なことは言わなくていいから」
「わかりました」
 部屋を出てしんと冷えた渡り廊下の先、母屋の台所には、一番年配の婆やがいた。俺が用件を伝えると、すぐに小さなブリキのバケツを探し出して、容器いっぱいの氷を準備してくれた。
「全く、これくらい自分で来ればいいのにねえ。恵ちゃん、いつもごめんね」
「いえ、そんな」
「意地悪されたらいつでもここに告げ口しにくるんだよ。婆やがちゃんと叱ってあげるから」
 幼い頃からずっと五条さんの面倒を見ているという婆やとは五条さんも今でも仲良しで、この家の現当主である五条さん自身、婆やには頭の上がらないことも多いらしい。深夜にアイスを食べていたところを見つかったとか、色物と白いシャツを一緒に洗濯に出して叱られただとか、洗ったジーンズにポケットティッシュが入ったままだったとか。家事に疎い俺ですらさすがにしないようなことで最近でもしょっちゅう怒られているらしいというのは意外だったが、なんとなく想像できてしまうあたり、やはり事実なのだろうとも思った。
「どう、あの子は楽しそうにしてるかい」
 優しそうな笑顔に絆されて、先ほどのどこか様子のおかしかった五条さんについて相談すべきかを、わずかばかり思案した。長い付き合いの婆やなら何か知っているかもしれない。けれども絶対に誰も呼ぶなと言った五条さんの強い口調を思い出して、結局俺は当たり障りのないことだけを口にした。
「すごくはしゃいでましたよ。さっきなんてクラッカーを全部ひとりで鳴らしちゃうから、片付けるのが大変で……あれうるさかったですよね。すみません」
「まあ、やだねえ、あの子ったら。いつまで経っても暴れん坊で。恵ちゃんのほうがよっぽど大人だよ」
「そんなことないですよ。暗い業界ですから、あの人のそういう騒がしい部分に助けられているところも多いんです」
 嬉しそうに微笑んだ婆やから氷いっぱいのバケツを受け取って、礼を言って離れに戻った。五条さんは相変わらず同じ姿勢で目元を押さえていた。近くの箪笥からタオルを出して、用意したばかりの氷水に浸けた。それをきつく絞って、五条さんの目に乗せてやった。
「あの人たち、なんか言ってた?」
「婆やが、五条さんに意地悪されたらいつでも告げ口しにおいでって」
「それは困るよ、本当に僕が怒られるやつだもん」
 冷やすと少し楽になるのか、五条さんはしばらく目元にタオルを当てたあとに、ゆっくりと身を起こした。
「大丈夫なんですか」
「ここ最近、ちょっと忙しくてね。本当に疲れたときとか、たまにこうなるの」
 絶対にそれだけではないだろうに、五条さんはそう言って話を煙に撒こうとした。
 何かに追い立てられるように、五条さんはここのところずっと働き詰めだった。大規模な呪術テロの予告があったことは俺も知っていた。高専所属前の身では大したことは教えてもらえなかったけれど、それでも夏油傑という呪詛師の名前と、その一派が十二月二十四日の日没とともに、新宿・京都の二ヶ所に数千もの呪霊を放つ『百鬼夜行』を行うことを宣言した、という概要くらいは聞かされていた。俺はきっと戦力外だが、五条さんはもちろん事前準備も当日も筆頭戦力として扱われるはずだった。
 戦局の要と言っても過言ではないだろうに、五条さんの身体は本当に大丈夫なのだろうか。先ほどの様子だって、少し疲れていただけとか、目にまつ毛が入った、なんて痛がり方ではなかった。それに、あのサングラスだって普通じゃない。五条さんは今までどんな薄暗い屋内でも、あれを掛けたままだった。それを俺はどうしてか疑問に思うことすらなかった。
「何か聞きたそうだね、恵」
「ちゃんと説明してください。本当に疲れていただけなんですか。それにあのサングラス、何なんですか。見えないでしょ、あんなの掛けてたら」
「なになに、陰謀論とか信じたいお年頃? 全てのものに意味を求めようとしないでよ、恥ずかしいな」
 五条さんはヘラヘラと笑ってお茶を濁そうとして、それから再び視神経に走った痛みに顔を引き攣らせた。
「アンタは、自分が調子悪いのをわかってて、それでも俺をここに呼んだんだ」
「それは、恵が今年も僕の誕生日を祝いたがってるかなと思っただけだよ。他意なんてない」
「いざというときに話してもいい相手だと思わなきゃ、そんなことしないだろ。自分の家族だって遠ざけて、立ち入らせないようにしているくせに」
 ひとりで離れに篭って、家族にすら不調を告げずに、五条さんは俺を呼び寄せた。それを自惚れだと笑うには、俺と五条さんの関係は浅くない。
 五条さんもさすがに言い逃れはできないと考えたようだった。睨みつける俺を軽薄なため息で宥めて、もう一度あの不思議なサングラスを手渡した。
 それを掛けてみても、やっぱり向こうには何も見えない。ただ真っ暗な闇が広がっている。俺が知らなかっただけで、この八年間ずっと、あの人はこれを掛けて生活していたのだ。自分からあえて切り出すような話題ではないことは確かだったけれど、なんとなく、俺には気づかせないようにしてきたのだろうと思った。
「六眼の視力ってさ、実は結構しんどいんだよ。何もかもが見えすぎちゃって。僕の眼は生まれたときからこうだったから普通なんてわからないけど、本当だったら、視界に入る全ての人や物の持つ呪力の形や量がわかったり、大気中の原子の一粒までが見えたりはしないんでしょ。だから必要のないときは仕舞ってるの。人間の身に余る力なんてのは、使わないに越したことはないからね」
 当てていたタオルをくるくると何度かひっくり返して、五条さんはそれを俺に寄越した。温くなった布を広げて、氷水で冷やしてから返した。礼を言って受け取って、五条さんはまたそれを目の上に乗せた。
「恵はあんまりヒーロー物の映画とか観ない? 大きな力にはさ、必ず代償があるの」
「現実世界は映画じゃありません」
「そうだね。現実は映画よりもっとグロテスクで、理不尽だ」
 五条さんはそれを、まるで全て見てきたかのように言う。
 無下限呪術と六眼は、もとからひと組で存在しているわけではなかった。五条さんの家系には無下限呪術の相伝術式を生まれ持つ者もいれば、六眼が発現する者もいる。今の五条さんを最強たらしめているのは、それが同時に同じ人物の身に宿ったからだ。原子レベルでの呪力操作を可能とする六眼は、無下限呪術使いを限りなく無敵へと押し上げるものだ。けれど何もかもが見えすぎる瞳なんて当然、人体のほうが耐えられるわけがない。
「六眼、使いすぎたらどうなるんですか」
「さあね、知らない。謀殺であれ事故であれ、六眼持ちはみんなすぐ死んじゃうんだ。正直、五条家の中でも未だによくわかっていない。六眼としての機能を失って、この眼球は普通の感覚器に戻るのかもしれない。あるいは視力を失うかもしれないし、それよりも先に肉体が限界を迎えて死ぬかもしれない」
「今代では、五条さんのほかにいないんですか」
「六眼はね、同じ時代に一人しか生まれないの。同時に存在することは決してないよ」
 そう言われて、それもそうだと思った。こんな高精度な能力なんて、簡単に現れていいものではないだろう。
 五条さんは納得した様子を見せた俺のことを察しが悪いなあというふうに笑って、そっと目元から布を外した。まるで万華鏡を嵌め込んだかのようにきらきらと輝きを変える特殊な虹彩は、相変わらず健在だった。端からでは何か異常があるようには見えない。その目が、すっと細められた。柔らかかった表情に、途端に酷薄な色が乗った。
「つまり僕が生きている限り、次の六眼持ちは現れないってことだよ。これが何を意味するか、分かる?」
 あの日俺に当主同士の相討ちの解釈を問うたときのように、その表情には怪しげな影が差していた。
「『自死してください、悟様』」
「……は?」
「もし僕が呪術師を続けられなくなったときのためにと、ずっとそう言い聞かされてきた。『自死してください、悟様』。怪我でもして死に損なったら、生きているだけで邪魔になるんだよ。僕のところでつかえて、次の六眼が生まれなくなるから」
 初め、それはいつもの五条さん特有の、たちの悪い冗談だと思った。それからそれが全くの本気で、本当に五条悟という人はそう信じていて、そしてきっとその時がきたら、その予言通りになるのだろうと知って、吐き気がした。本当に頭に来ると、人は泣こうとするらしい。目頭に昇った熱に気づかないふりをして、俺は思ったままを吐き捨てた。
「おかしいだろ、そんなの。これだけ戦って、頼られて、こき使われて、摩耗して。その果てに求められるのが自死なんて」
「でもそれ以外どうしようもないんだ。無下限呪術使いを殺すのはそう簡単じゃないからね。自分で言うのも変な話だけれど、僕は五条家で生まれ育った人間だからさ、クソみたいな家だとは思っても、そのサイクル自体に疑問を持ってはいないんだよ。五条家(うち)はそうやって呪術界で力を持ち続けてきた家だから。一番理に適っているでしょ」
「合理性で片付けていい話じゃない」
「なんでよ、変なの。恵だって前に津美紀と僕を天秤に掛けたとき、初めは津美紀を見殺しにしようとしただろ。それと何が違うっていうの。それにもし例えば、死に損ないの僕が生きているかぎり津美紀の意識は戻らないなんて言われたら、恵だって、僕に消えてもらわなきゃって思うはずだ」
「何でもかんでも津美紀で喩えるのはやめてください。俺は、そんな私利私欲でアンタの死を願ったりはしない。私利私欲じゃなくても、俺がアンタを殺すことなんて…」
「恵にならできるよ。だって、僕たちのご先祖サマも、そうやって死んだんだもの」
 ぴたり、とすべてが静止したような錯覚を得た。
 五条さんと同じ能力に恵まれた五条家当主と、俺と同じ相伝を持って生まれた禪院家当主。慶長年間の御前試合での相討ちの末に、二人はともに命を落とした。
「……アンタの家の人に頼まれて、わざと殺したとでも言うんですか」
「まさか。だって呪術師同士の頼み事は等価交換だよ。あのときは禪院家当主も死んでいるんだ。何を懸けたって釣り合わない」
「でも、」
「両家の記録には何も残っていない。だから考えるだけ無駄だよ。あれに真相なんてないんだから」
「でも五条さんは、俺の先祖が自分の命と引き換えに調伏の儀に巻き込んで、五条さんの先祖を殺したと思ってる」
「僕は可能性の話をしただけだ」
 五条さんはそっと目を伏せて、静かにそう呟いた。視線を逸らして、痛いところを突かれたという動揺を隠そうとしたようでもあった。
「そうだったら救いがあるなって、思っただけ」
 それがどういう意味であるのかを聞く余地を、五条さんは俺には与えなかった。
「ねえ恵、そろそろケーキを食べようよ。さっきはせっかく淹れてもらったのに、コーヒーを溢しちゃってごめんね。僕のために、またもう一度淹れてくれる?」
 露骨すぎる話題転換に、俺は素直に乗ることにした。これ以上続いたら、話が良くない方向に転がっていってしまうような気がした。五条さんもきっと同じことを思ったに違いなかった。お互いにそれがいいと判断して、この話題から身を引いた。
 五条さんは立ち上がって、自分の足で座卓に戻った。その長身がわずかによろめいた事実から目を背けて、俺は頼まれた通りに飲み物を淹れにいった。
 俺が戻ると、五条さんはすでにお祝いのメッセージが書かれたチョコレートの板をかじっていた。用事を言いつけた俺を待とうという発想すら持ち合わせない五条さんは相変わらずだったが、今ばかりはそのいつも通りの理不尽さに安堵すら覚えた。
「僕、この部分すごく好きなんだよねえ。特別感があってさ。絶対一番初めに食べちゃう」
 パリパリと小気味の良い音を立てながら、五条さんは今年も変わらぬ感想を述べた。毎年聞かされているから、津美紀も俺もいつしかその小さな板を特別なものと思うようになっていた。ただのチョコレートの塊なのに、誰かがそれを口にするのを見ると、不思議と嬉しそうな顔をする五条さんを思い出した。
「恵の誕生日のときには、この部分は恵が食べていいんだからね」
「今年は無理ですよ。ケーキ、自分で用意するほどは好きじゃないですから」
「僕も今年はクリスマスが終わるまで帰ってこられないかもなあ。恵の誕生日もたぶん当日には祝えない」
 俺の誕生日というのは、クリスマスイヴの二日前、十二月二十二日だった。八年前からずっと、毎年津美紀と五条さんの二人に祝ってもらっていた。それがどれほど贅沢でかけがえのない時間であったかを、きっと今年は思い知ることになるのだろう。
「別にいいです。覚えてもらえているだけありがたいんで」
「拗ねないでよ。遅くなっちゃうかもだけど、全部が終わったら恵の誕生日もクリスマスも一緒にお祝いしようね」
 クリスマスイヴの百鬼夜行は、あと二週間と少しのところまで迫っていた。その事実から目を背けることはできず、次第に会話は事務的な話へと移っていった。
「恵は前日から五条家内で待機命令が出るけど、いつごろ来る?」
「待機命令、ですか?」
「そう。監視はないけど、罰則付きだから気をつけてね。勝手に外を出歩いたりしないように」
 高専入学前の身ではさすがに現場に投入してはもらえないだろうという予感はあったが、待機については初耳だった。呪霊二千体、と聞いたときには俺も微力ながら人手不足解消の役に立てるのではないかと思ったが、五条さんは頑なに首を縦に振らなかった。俺のお目付け役が良いと言わないのだから、その命令は当然といえば当然だ。
 好都合だと思った。ついでに以前持ちかけてもらった居候の話を呑んで、しばらく五条家に居させてもらえばいい。
「中学の終業式が二十二日なので、その日のうちには来ようと思います。そこから高専に入学するまでのあいだ、ここに住み込んでもいいですか」
「いいよ、わかった。うちの人たちにもそう伝えておく」
 そうして五条さんの誕生日会という奇妙なイベントは、夜九時の報とともにお開きとなった。俺が帰るころになっても、五条さんは何度も目を瞬いてはぎゅうと瞑ることがあった。泊まっていくかと聞かれたけれど、明日も学校だからと断った。俺がそんなに熱心に登校するような生徒でないことは、五条さんも知っているはずだった。まだいてほしいと引き留められたら、きっと俺は残っただろう。でも五条さんはそんなことはしなかった。
 それが、五条さんが俺に対して引いた線だった。