恵へ
君がこれを手にしているのなら、きっと僕はもうこの世にいないはずだ。もし何かの手違いでこの手紙を受け取ってしまったのであれば、お願いだからすぐに僕のところに来てほしい。本当なら直接恵に伝えるべきことなんだ。だからもしまだ僕が生きているなら、どうか恵にはこれを読まずに、僕のところへ行ってほしい。僕から恵への一生のお願いです。僕の一生はいくつあるんだ、と憤る恵の姿が目に浮かぶよ。でもこれは正真正銘、本当に本当の一生のお願い。だって君を育てると決めた九年前のあの日から、ずっと君に言えずにいたことなんだ。
もし手違いではなく、受け取るべくしてこの手紙を受け取ったのであれば、それは君が無事にこの世界に帰ってきたということだ。良かったよ、おめでとう。お疲れさま。直接言ってやれなくてごめん。まさかハロウィンの渋谷での会話が最後になるなんて、想像すらしなかった。恵と、もう少しきちんと向き合って話しておけばよかった。後悔先に立たずなんて嫌な言葉だね。
本題に入ろう。
君はまだ幼かったから覚えているかわからないけれど、初めて出会ったとき、僕は六歳だった初対面の君に、君の父親の話をしようとした。隠すつもりはさらさらなかった。先に全てを開示して、その上で君の人生を選ばせるつもりだった。
恵の父親、伏黒甚爾は僕が殺した。
詳しい経緯は極秘任務の禁庫に入っているはずだから、二〇〇六年の僕の任務記録を見てくれたらいい。星漿体の護衛任務の一環だった。君の父親が護衛対象を僕ら諸共殺そうとしたから、僕がこの手で始末した。そのときすでに任務は失敗し、護衛対象は死んでいた。結果として、必要のない殺しをしたことになる。
今日まで師として慕ってきた男が実は父親の仇でしたと、何もネタバラシをするためにこれを書いたんじゃない。九年前に君を引き取ったのも、決して、罪滅ぼしをしようなんて殊勝な心掛けからなんかじゃなかった。
伏黒甚爾は、すでに世を捨て去った男だった。ろくでなしだと恵は昔言っていたけれど、この僕でもそう思うくらいのやつだった。でもそんなどうしようもない男が最期の最後に気にかけたのは他でもなく、禪院家に売り払ったはずの恵のことだった。愛していなければ自分を殺した男に、それも五条家の僕なんかに息子を託すなんてことはしないだろう。君の父親が終ぞ迎えにこなかったのは、君と津美紀を捨てたからじゃない。恵が僕と出会う一年前に、アイツはすでに死んでいたんだ。直毘人の遺言状の話には僕も驚いたよ。あれも生前の甚爾の根回しだった。もしも伏黒甚爾が生きていたところで、恵は禪院家に売られて、結局は父親を恨んだかもしれない。けれどもひとつ確かなのは、君の父親は、紛れもなく君のことを愛していたということだ。
だから、と繋げるのが適切なのかはわからない。でも間違いなく、僕は君の父親の仇だ。恵がずっと思ってきたような、あしながおじさんみたいな恩人なんかじゃない。嫌いになってくれていい。今度会ったら、無下限を解いて一発くらいは殴らせてあげる。もし肉体が残るような死に方だったら、僕の遺体なんてぐちゃぐちゃにしてくれて構わない。そう硝子にも伝えてあるから遠慮はいらない。
弁明をするならば決して騙していたわけではなくて、初対面のときにはすらすらと臆面もなく出てきたはずの言葉が、いつしか君を前にして言えなくなっていた。白状すると、怖くなったんだ。
どうしてもひとつ、恵に言っておきたいことがある。また会えるって信じてるから、この手紙は保険みたいなものだ。確かに、死ぬかもしれないと少しでも思わなければ、こんなものは書かないだろう。でもこれが最後だなんて思ってないのは本当だよ。ただ、あのとき言っておけばよかったなんて後悔だけはもうしたくないんだ。
恵。
実は僕もお前のこと、結構愛してた。
可愛くて可愛げのない、大事な弟子だった。僕の壮大な夢の第一歩として、ずっと僕の元に居続けてくれてありがとう。
津美紀を失って、今は何も考えられないかもしれない。こんな世界なんていらないと自棄になっているかもしれない。ゆっくりでいい。今は進めなくてもいい。でも恵には、幸せに生きていてほしいんだ。
アイツがお前を愛していたように、僕も恵の幸せを願ってこの選択をしたのだということを、どうか忘れないで。
言い逃げするつもりはないから、恵が無事に戻ってきたときにまた言ってあげる。
誕生日おめでとう、恵。また会おう。
二〇一八年十二月二十二日
五条悟